メダカに向ける審美眼

本日はの写真は昨日の続きです。富士牡丹系でもまた、オレンジや黄色系などの系統も別血統から出て来ており。牡丹品種をたくさん花咲かせる思いで、日々いろいろ選別作業をしております。選別をしていて思う事。メダカ繁殖を長くしているとやはり新しい品種を自分でも作出してみたいと思うことはまったく不自然な発想ではないですよね。そしてそれは誰にもチャンスがあるものですよね。そうあるはずですし、そうあり続けるべきというのがめ組。の考え方です。め組。もメダカ専門職として絶えずその誠心を持っています。先程の牡丹メダカの話ではありませんが、選別をしているとどうしても変わった柄や色や体型などどんなのが居るかなぁ?あるいはこの血統はどの方向性に特徴を伸ばしているのだろうか?などという見方でいたりする反面、そんな中でもやはり見て異なるものやなんだか面白い感じのメダカとして必然的にストックされてきます。ただそれは客観的に面白かったり珍しかったりといった観点だけで、たくさん出現してくるものです。しかしながらそれらの多くはめ組。としてはまだまだ商品としては扱えない段階(レベル)のものなのです。ただ単に面白ければ良い、変わってれば良いというだけではなく、ある種の一貫した美的観点の中で如何に審美眼を持って厳選し、メダカという種の個性美を提唱して行けるか?またそれをどこまで見いだしていくかだと愚考しております。め組。の新品種作出理念はそこにあります。派手派手な色や柄であれば、メダカよりグッピーの方が良いかもしれません。光の究極はネオンテトラのようなものなのかもしれません(カラシン系ですが)。そういった観点からも、メダカの中の表現の限界にせまる。メダカだからこそこうなのだ。あるいはメダカなのにこうなのぉ?という出現の限界枠というものがあるのも事実かもしれません。メダカの遺伝子に秘める飛躍の可能性。いつの日かもっともっと進化したメダカになるのかもしれませんよね。、、、となんだか壮大なお話をしているようで、なんだかとりとめが付かない感じにもなりましたが、今春もめ組。はたくさんの美しいメダカを作って参りたいと思いますよぉ〜 d(⌒o⌒)b